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『Outdoor』 連載バックナンバー | |||
◆ 第12回 馬と坊主とレインボーの巻 ◆
レースは5回東京最終日第9レース。朝から堅く来ていたのでそろそろ荒れる頃だと思い、穴狙いに徹し、目を付けたニシノオトミメという人気薄の馬から総流しをかけた。この人気薄の馬がなんとか2着に粘り、馬連12,740円という高配当を呼び込んだのだ。 (よ、よくぞ粘ってくれたなー、アンガトよー) 思わずグッスンである。どうもこのところマージャンやってもチーとも勝てず、釣りに行けば毎回ボウズで、すっかりツキに見放されていただけに、この一発はすごくうれしかった。ちなみに僕は1,000円で総流しをしていたので、12万1,700円の払い戻し。元を引いても11万円ほどの儲けである。 グフフフ、”釣りに行く”と、女房に嘘をついてまで石和に来てよかったナー、ホント。 払い戻し機の前で不気味な笑いを浮かべて、早速このお金で何をしようか考えを巡らしていると、後ろから声をかけられた。振り向くと、”ゲゲッ”近所にすむ檀家のおじさんでないの。なんともバツが悪かった。 「おうっ、お上人、とっとうけ?」 よしゃいいのに馬券見せびらかしちゃった。 「おーすげーじゃん。万シュウじゃん」 バツの悪さもどこへやら。またいつもの悪い癖が出始めた。どうもTPOをわきまえずに自慢しまくるのは、もう病気である。聞かされるほうはたまったものじゃない。ところがこの檀家のおじさんも好きなのだ、競馬が。思わず二人で競馬談義に花が咲き、大声で盛り上がってしまった。 (どこの世界に、和尚と檀家が場外馬券場で大騒ぎするかっつーの) すっかりいい気分になって車に戻ってから、ピンとひらめいた。そうだ、ロッドを買おう。前から欲しかった”レヴュー”のダブルハンドを買うぞと突然思い立った。先日釣具屋で見て以来、ずっと気にかかっていたのだ。数あるシューティングタイプの中でも、いちばん手にしっくりきて、なおかつ腰もあり、思わず一目惚れしてしまった。でも高くてとても手がでないナとあきらめていたんだけど、思わぬ臨時収入が転がり込んだ今は、十分手がでるのだ。そうと決まれば後は釣具屋へ一直線。”レヴュー”が自分のものになると思うと、もう、うれしくてたまらず、カーステレオから流れる、モーニング娘の”抱いて hold on me”を思いっきりデッカイ声で歌いまくった。信号待ちをしているとき、うっかり窓を開けていて、隣の車のカップルにバカを見る目で見られてしまった。 ”ふんっ”こんな時は開き直るに限る。さらにでかい声でほえまくってやった。 それにしても昔は音楽といえばマイルスやコルトレーンしか聞かなかった硬派の僕も、今やモーニング娘を聞いて喜ぶおっさんになってしまったとは・・・トホホ、情けない。 しばらくして釣具屋に着いた。もしかして売れちゃったんじゃないかという不安を抱いて、フライロッドのコーナーまで来ると、ちゃんとあった。”よかったー”一安心してロッドを手に取ると、これがまた実にしっくりくるではないか。まるで僕の腕に抱かれるのを待っていたかのようである。思わずスリスリして値札を見ると、な、なんと先日見たときより5,000円ほど値下げしてあった。やれ、うでしや。ハッピーハッピーである。 グフフ、今日はついとる。得した気分で、ついでにハックルまで買い込んだ。 もうすっかり浮かれてしまい、帰りの車の中は”抱いて hold on me”の大合唱と相成った。おっと、ちゃんと窓も閉めてるぜい。 一路、家に向けて走っていたけど、途中で気が変わった。このまま本栖湖に行って早速ロッドを試したくなったのだ。時間は十分ある。そうと決まればレッツゴーだ。なんせ今日はツイているのだ。イケイケである。 中央道の甲府南インターを横に見て、精進湖線をのぼって行く。例年より遅めの紅葉が実にきれいである。気持ちがノッているので、景色を楽しむ余裕まで出ちゃってるのだ。のんびりと走り、30分ほどで本栖湖に着いた。ポイントは昔よく通い詰めたロッジ横のトンネル下。一時ルアーに狂っていた頃モンスターブラウンを夢見て、多い時で週に3、4回は通った場所だ。結局モンスターは出なかったけど43cmのブラウンが出た、思い出の場所でもある。 早速トンネルの脇に車を止めて支度に掛かった。トランクを開けると、ルアー、フライの道具が一通り積んである。いつ、いかなる時でも釣りができるように、常に努力精進して心の準備を怠らない。治にいて乱を忘れずとはまさにこのことである。さすがなのだ(なんのこっちゃ)。 早速、買ったばかりのロッドをケースから出した。赤い布製のカバーに包まれていて、何となく出すのがもったいなく感じる。そーっと慎重に引き出して手に取ると、今度は使うのがもったいない。良いロッドを買ったときはいつもこうだ。フライ・ベストを着て、長靴に履き替えて準備OK。後はリールを出してと・・・ん?えっ、なになに?血の気がサーッと引き、しまったーという思いがスローモーションでこみ上げてきた。 リール!そう、リールも買わなきゃならなかったのだ。すっかり忘れていた。それとラインだって・・・。今、僕が持っているのは3、4番用のリールで、今日買った”レヴュー”は8番ロッド。全然お話になんない。グヤジー。しかし今更後悔してもどうにもならないので、とりあえずこのリールでやってみることにした。 半ベソ状態で釣り場に降り、ロッドをつないでオービスのリールを装着する。リールホルダーは特に問題なし。なんとかなりそうだ。希望がちょっぴり出てきた。後はフライを選べばよいのだが、参考になる虫が飛んでないので、とりあえず14番ぐらいのパラダンでやってみることにした。遠くにキャストする関係で、視認性を考慮に入れてパラシュートタイプを選んでみたのだ。数あるパラシュートタイプの中でも、このパラダンとパラドレイクは水面に浮いたときのバランスが抜群に良く、特に使用頻度の高いフライだ。 さぁキャスト。期待と不安を感じつつ、いざ使ってみると、これがまた何とも軽くて実に振りやすい。もっとウエイトを感じると思っていたので、望外の使いやすさに目尻も下がる。”買ってよかったー”ダブルホールを数回繰り返すと簡単にラインが出て行く。今まで経験したことのない感触だ。さすがシューティングタイプである。スペイだとこうはいかない。 あっという間にラインが出て行き、気が付くとバックラインまで来ちゃった。やはり8番用のリールじゃないのでラインも短く、このロッドには物足りないのだ。もしこれでリールもラインも8番だったら、もっと簡単に遠くに飛ばせるに違いない。高いだけのことはあるのだ。もうすっかりロッドに酔っているその時だった。フライのあたりで大きなライズがあった。よそ見をしてロッドを眺めていたので、僕のフライにアタックしたのかどうか見ていなかった。ただディンプルからして相当大きそうだ。 しまったー、あわててリールを巻き上げてから、もう一度同じあたりにキャストした。もし、魚が一度でも僕のフライを口にしていたら、もうこないだろう。どうかそうじゃないように、と祈りながら着水したフライを見つめた。実にバランス良く、小さな波に身を任せて浮いている。ゆっくりゆっくり引いて誘ってみたその瞬間”出たっ”。大きな飛沫をあげて、ズッシリと手に重さが伝わった。 ”ウッソー”信じられなかった。僕は今まで100回以上もこの本栖湖に通ってきたけど、釣れたのはたぶん4、5匹。まるで消費税みたいなモノだったのに、それがなんと今日はいきなり釣れてしまったのだ。 慎重にやりとりする。思ったほど大きくはなさそうだ。それにしてもこの8番というロッドは実に楽だ。いとも簡単に魚を引き寄せられるではないか。しかしリールも小さく、ラインも細いのでとにかく慎重に寄せた。ネットに入れようと足元に寄せると、魚体が見えた。”ニジだっ”青っぽい魚体のニジマスだった。それでもネットにすくうと結構大きかった。エラと口をパクパクさせて、僕をにらんでる。メジャーをあてると36cmあった。やったのだ。過去、本栖湖で釣ったニジマスの中でいちばん大きいサイズだった。しばらく見とれてからリリースしてやった。魚の後を目で追いながら、ものすごい充実感に包まれていた。 あー、オレって幸せー。思えばこれもすべて今日の第9レースの、ニシノオトヒメちゃんのおかげである。諏訪湖のこい姫ならぬ本栖のオトヒメちゃん、ホントありがとう。もうこれからは大好きな馬刺も食べないからねー。 まさに僕にとって幸運の女神であるオトヒメちゃんを、これからも追っかけてみることにした。そして今度はリールも買って、カプラスのロッドも買ってと・・・。 グフフフ。”とらぬ馬券の竿算用”またまた不気味な笑いがこみ上げてきた。 その後どうなったかはあえて言わないけど、未だにリールも買えないでいることから推察していただきたい。ううっ・・。馬刺食ったろ。 (『Outdoor』 1999年3月号掲載) |
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