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『Outdoor』 連載バックナンバー | |||
◆ 第17回 モグリ坊主がゆくの巻 ◆
この思いが、ひょんなことから実現するようになったのはそれから7、8年後のことだ。 20代半ば、黒部や朝日に入り浸っていた頃の9月のある日、僕は釣友からある情報を入手した。それは、梓川の中流にダムが出来、そこで育ったモンスター級のイワナ、ヤマメが産卵のために川を上り、これが結構釣れてると言うのだ。 おいおい、並のイワナならいざしもモンスター級と聞いては黙ってられない。早速僕はその釣友と、噂の現場へと出掛けてみた。おおよその見当を付けておいたけど、実際川に行ったらすぐに場所が分かった。なぜって、いかにも大物狙いって格好の連中がそこここにいるのだ。長い竿にでかいネットを腰に差しており、これを見た僕たちは色めき立っちゃった。 「どうやら、噂は本当らしいな。」 はやる気持ちを抑えられず、釣れそうな場所を探してすぐに釣りを開始した。あこがれの梓川についに糸を垂れるのである。どこか感慨深いものがあった。しかし、今はそんなことを言ってる場合じゃない。なんせ、モンスターが釣れるのだ。僕は全神経を竿から針先までまんべんなく注いだ。糸も太くして、いつモンスターが来ても良いように備えていた。 そうして、2、3の淵をやり過ごしたときだ。僕はある淵に来て目が点になった。そこには紛れもなく超特大の魚がいた。まさしくモンスターと呼べるくらいデカかった。よく見ると、色がかなり黒いのでイワナだろう。淵の一番深いところを悠々と泳いでいる。とにかく驚いたね。 当時、大物と言っても、黒部では精々40cm、八久和でも50cmがテン。それ以上のでかいヤツなんか見たこともなかった。それが今目の前にいるヤツは軽く50cmは越えている。ひょっとすると60cm近いかもしれない。ホント、ビックリだ。 僕は必死になってヤツを狙った。心臓はどきどき、手は震えていた。しかし、ヤツは僕のエサが横を通っても、全く反応する気配もなく泳ぎ続けていた。それから日没が過ぎ、真っ暗になるまで粘ってみたけど、ダメだった。友人に促されやっと腰を上げたものの、すっかりあのモンスターイワナに魂を抜かれてしまい、家に帰ってきてからも頭の中はヤツのことでいっぱいだった。 結局その年はもう一度だけ行くチャンスがあったけど、やはり坊主で終わってしまった。しかし、次の年は見事に45cmのヤマメと、47cmのイワナをを上げることが出来たのだ。以来、僕の梓川通いが始まったのである。 ある年の9月。いつもの年同様、幾度となく梓川にトライした僕は、月も大詰めにさしかかったある日、その年最後のトライと決め込んで、勇んで出掛けていった。檀家さんの畑で掘り当てた大物ミミズを携え、いつものポイントへと急いだ。僕のお得意のポイントは、沢渡のバス停裏二段の滝だ。ここはダムから差してくる大物が必ず一時停止を食らう場所で、いわば関所みたいなもの。前述の大物達も皆ここで上げており、一番のお気に入りであった。 いつもの場所に車を止め、崖を降りて行くとうまいことに誰もいなかった。 シメシメである。僕は音を立てないようにそーっと淵の中を見回す。一昨日の雨でわずかに濁りが入った水の中にいきなり僕は大物を発見した。右側の大岩のヘチを悠々と泳いでいるのがはっきりと見える。 でかいっ! 50cmは楽に越えている。体が赤っぽく見えるから、きっとサクラマス化したヤマメだろう。いきなり心臓がバクバク言い出した。イワナのデカイのは結構いるけど、ヤマメのこのサイズはここでも珍しいのだ。 「よっしゃーっ、釣ったるゼイ!」 震える手を押さえながら僕は慎重にミミズを針に付けて、そーっと淵に近づき、ヤツの鼻先に投入した。 「さぁ、こいっ」 僕はドキドキしながらその瞬間を待つ。しかし目印には何の反応もないままヤツの横を通り過ぎる。 おいおい、うそだろー。僕はもう一度同じところへ振り込んだ。またまた良いところへ行ったにもかかわらず、結果は同じ。ヤマメは全く反応を示してくれなかった。暫く粘った後、今度は川虫で試してみたけど、やはり駄目だった。それからは手を変え品を変えやってみたけど、全てが徒労に終わった。 「グヤジー」 頭に血が上った。悔しくてたまんない。なんせヤマメの50cm級と対峙するなんて、一生の内一度あるかないかって言う、ハレー彗星並の稀少体験なのだ。この期を逃してはいけない。僕もここに何十回って通ったけど、このサイズのヤマメにお目に掛かるのは初めてだ。 よーし、こうなったらなんでもありだ。ヤツに食い気がない以上別の方法をとるっきゃない。僕は、アユ針を取り出して、コロガシ仕掛けを作り引っかけ作戦に出た。絶対に釣り上げたる。もう半分意地になっていた。とにかくこんだけ見えてる超大物をみすみす諦めるってがどうにも我慢できないのだ。やるだけやってみる。 と、元気いいのはここまでで、どだいこんだけでかい淵の中で動いてるヤツを引っかけるなんてのは至難の業。さんざん粘ったけど、精根尽き果ててギブアップ。もうあきまへん。さすがにこりゃダメだと諦めた。 僕は道具をしまい込み、無い後ろ髪を引かれる思い出その場を去った。 そうこうしていつしか10月を迎え、渓流もシーズン・オフとなり、僕は例のヤマメのことは忘れかけ、クロダイへと目が行き始めていた。 そんなある日、物置を整理し、渓流竿をしまっているときだ。ふと、奧にあるモリに目がいった。手に取ると懐かしい感触が伝わってくる。昔、これでさんざんヤマメを突きまくったもんである。あんまり懐かしいんで、引っぱり出して埃をふき取って上げた。よく見ると、研げばまだ使えそうだ。 その瞬間、僕の頭にバリバリと電流が走った。 「そうだっ、この手があるジャン!」 思わずニンマリしちゃった。そう、このモリで先日屈辱を味わった例のヤマメに挑もうと閃いたのだ。コイツでブッスリ突いてヤツをはく製にし、傷を目立たないようにすれば誰もモリで突いたなんて分かんないよね。 おー、なんて素敵なアイデアだろう。自分でも感心しちゃった。もっと早く気がつきゃ良かったなぁ。 とにかく魚のこととなると、全く見境がなくなるのが僕の悲しいサガ。今が禁漁期だなんてことはすっかり頭から消え去り、モリがブッスリとヤマメの腹を貫いたときの陶酔感のみに浸っていた。 まぁ、気候がすっかり寒くはなっていたけど、んなこたぁ、今のオイラにはどうってことはないのだ。なんせこちとら寒修行により、強靱な肉体と精神を身につけてるんだモンね。水が多少冷たかろうとへっちゃらなのである。 とにかく不惜身命を体得しちゃってるわけだから、ドンと来いってなもんである。とにかくこの頃の僕には、こと寒さや水にたいしては絶対的な自信があった。では、その自信とは一体どこから生まれてきたものか、ここでちょこっと語らしていただこう。 我々の修行の一つに、荒行というのがある。 どういう行かというと、11月1日から2月の10日までの100日間、あるお堂に籠もって不惜身命を体得する行である。 簡単に言っちゃったけど、実はこの内容がハンパじゃない。多分ここに書いてもにわかに信じてもらえないだろうけど、ご参考までにお教えしよう。 まず、起床は朝の2時半。そして3時の一番水をかぶり4時から朝のお勤め。6時少し前にお勤めを終え、5分足らずで朝の食事を頂く。その後6時の水をかぶり、又、読経三昧。以降3時間ごとに水をかぶりお経を読むという繰り返し。寝るのは大体いつも12時過ぎ。睡眠時間は平均、2時間から、2時間半だ。食事は一日2回。それも3分粥と言って、ほとんど重湯状態のうすーいお粥。もう、底が透けて見えちゃう。それにこれ又うすーい味噌汁とたくわん一個。まさに一汁一菜。これで100日通すのだ。 死ぬわな。 僕は最初この修行をするとき絶対死ぬと思ってた。だって毎年何人か死者が出るし、事実、僕の母方のおじいちゃんもこの修行が元でなくなっているのだ。こらアカンと思ったなぁ。 まぁ、この修行に関しては強制ではなく、あくまで任意のもののみが加行するんだけど、今思うと良くやったなぁ。栄養失調で脚気ってヤツになったときはもう終わりかと思った。手や足がむくんでそこを押すと、押したまんまの形でへっこむ。元に戻らない。膝小僧をぽんと叩いてもビヨーンと足が伸びない。その内、目まで見えなくなってきた。本当にこらアカンと思った。栄養失調の最先端にいて、まさに死と隣り合わせだったのだ。でも、死んでも外に出れないと言う、とーっても厳しい制約の中で修行をしているので僕は石にかじりついても外に出ると言う執念で頑張った。 そう、この修行は100日間、文字通り檻の中に閉じこめられちゃう。途中でいやんなったからヤーメタなんてのは許されない。死んでも骨となって100日後やっと外の世界に出れるのだ。実にオトロシーのである。でも、これはあくまで自分から志願してやるんだからしょうがないんだけどね。おまけに修行中は軍隊方式で少しでもサボってると、バシバシ鉄拳が飛んでくる。およそこの太平の世にあって、全く別世界の情景が繰り広げられているのだ。 じゃぁ、なんでこんな思いまでして自ら志願して苦行をするの? 当然の質問である。中には人を救うため、己の身を極限状態まで落として一つの法を体得する、と、言う人もいるだろう。しかし、それにはあまりのも払う犠牲が大きすぎる。前述したように命がけなのだ。僕がこの行をしているときもNさんと言う人の足に正座のしすぎで穴があき、そこからばい菌が入り、結局それが元で出てから足を切断したけど手遅れで死んじゃった。僕もこのNさん程じゃないけど、いまだに左足の膝から下の神経が半分麻痺しちゃってる。十数年たった今でも雨の日なんかかなり痛む。皆少なからずダメージを背負って生還してるのだ。人世の救済のためとはいえ、こりゃあまりにもすごすぎちゃうよなぁ。 正直、僕にはこんな格好良い大義名分はなかった。たまたま父も祖父もやってきたことなので、気が付いたら行に志願していたというのが本音だ。そして、薄々聞いてはいたけど、実際体験してみてそのすさまじさに卒倒しちゃった。なにしろ眠い、寒い、足が痛い、腹が減る・・・いろんな辛さが毎日てんこ盛りなのである。声だってお経の読み過ぎですっかり枯れ果て、しまいには喉から血が出る。足も正座のしすぎで穴があいちゃう。しかし、何があろうと、決して薬なんて飲めないのだ。いわんやお医者をや・・・である。 死ぬわな。 あれは、丁度50日を過ぎた頃だったと思う。その頃僕は幻聴に悩まされていた。いろんな声が聞こえて気が狂いそうだったのだ。「オーイ」と呼ばれたり、「コラッ」と怒られたり、そうかと思うと、「ワッハッハ」なんて笑われる。その内、幻視まで見え始めてきた。いろんな人達が僕の周りを飛んでいる。ある時はそれが大盛りのカレーライスだったりする。それを手にとって食べようと追っかけて階段から落ちたこともあった。 もう、半分死んでたね。頭なんかまるっきり膿んじゃって、なんと自分の家の住所まで忘れる始末。電話番号だって思い出せないのだ。1日2時間ちょっとの睡眠だモンね、無理もないのだ。 その頃になると、もう死ぬことへの恐怖はなくなる。「死んでも良いから思いっきり寝たい、思いっきりご飯を食べたい」と思う。不惜身命とはちょっと違うけど、段々と近づいてきてるのだ。 そうこうして大寒の頃になると、いよいよ水が冷たくなる。 一番冷える朝6時の水はハンパじゃなく冷たい。なんせ、こちとら栄養を摂ってないから体から熱が出ない。そこへ思いっきり冷たい水をかぶるんだもん、骨の髄まで浸み通るって、あのことだね。それまで半分寝ていた頭もその瞬間、「ウッ」と目が覚める。それと同時に生命のピンチを感じるのだ。 「この冷たさを克服して、初めて不惜身命が見えてくる。水を怖がっちゃイカン」 よく、上の人からこう言われたものだ。しかし、そうは言っても寒いものは寒いよー。つめてーよー。世間じゃ、水ならぬ、布団をかぶって善良な皆様が気持ちよくおねんねしてると言うのに、オイラは一体・・・。 ホント、悲しくなったね。 ところがよくしたもんで、そんだけつらい水行も2月を迎える頃には平気になってくる。心と体が慣れてくるのだ。 寒さであれだけ震えていたのに、気が付くとシャキッとしちゃってる。大したモンなのだ。こうなると、一つの境地を開き、ワンランク上のお坊さんになった気分になる。ついに不惜身命を体得したと思いこむ。人間、思いこむことほど強いものはない。いつしか全てのものに対して自信が沸いて来ちゃった。たとえば行中に怪我をする。それがかなりの怪我で、娑婆にいれば当然お医者さんのお世話になるような大けがでも、ツバでも付けてほっぽらかしとく。どーってこたぁないと、決して動じない。いわゆる不動の心ってヤツを身につけたのだ。 それまであれほど見え、聞こえしていた魑魅魍魎の類もすっかり消え去る。パワーアップしたオイラに恐れおののいてどっかへ行っちゃったのだ。グワッハッハーである。 程なく幸運にも生きて出てきたときにはすっかりたくましくなった自分を感じる。100日の行を終えた感激もひとしおだったけど、こんなに強くなった自分を早く試してみたいという衝動に駆られるのだ。いつしか、自分を神、仏と信じ込んでしまっていた。檀家さんの前で大雪が降りしきる中、氷を割って水をかぶっちゃう。すると、皆僕を神様みたいに拝んでくれちゃう。もう、最高の気分である。 エッヘン!てなもんである。 んなわけで、これは僕にとって自分を試す絶好なチャンスでもあった。不惜身命を極めた今のオイラには怖いもの無し。そうと決まればいても立ってもいられない僕としては、早速、明日決行と決めた。善は急げなのだ。 「グフフフ。これであの大ヤマメはオイラのもんだゼイ」 モリを研ぎながら薄気味悪い笑いがこみ上げてきた。 潜り・・・もぐり? 翌朝、2時に目覚めると、僕はそそくさと着替えて家を出た。勝負は朝の一瞬で決めなければならない。それもなるべく明るくなる前に決着を付けたかった。やはり、誰かに見られたらヤバイという思いがあるのだ。 「僧侶、密漁で逮捕!しかもモリ!!」なんて新聞に出たら格好悪いモンなぁ。 んなわけで、未明に現場に着いてからもこそこそと行動した。慎重に崖を降り、僕は河原で薄明るくなるのをじっと待ち続けた。モリもピッカピッカに磨いてあるし、後はヤツめがけてブッスリやるだけだ。モリにスリスリしながらまたまた気味の悪い笑いがこみ上げてきた。人が見たら、とってもアブネー野郎に見えたことだろう。 河原でひたすら身を伏せて夜明けを待っていると、いつの間にか寒さが身にしみてきた。想像していたより寒い。 「へんっ、このくらいなんてこたぁねーや。なんせオイラは大荒行達成者だモンね。屁でもないのだ。」 僕はお腹にグッと力を入れて気合いを込めた。 そうこうする内、ようやく薄明るくなってきたので、僕は気合い一発服を脱ぎ、モリを片手に河原に近づいた。いよいよ勝負の時が来たのだ。男とオスの勝負なのだ。その時一陣の風が吹き、ブルブルっと来た。 「ウウッ、さぶー・・・」 無茶さぶいじゃん。一瞬気持ちがなえかけてしまった。な、なにくそである。オイラは大荒行達成者・・・こ、このくらい。 いつの間にかオイラは心の中で水行をするときの経肝文を唱えていた。 「どうかオイラをお守り下さい。そしてあの大ヤマメを無事突かせて下さい」 祈りながら僕は足を水につっこんだ。 「ウオーッ、オイラ死ぬー」 そのツメテーのなんの。まさしく痛いくらい冷たかった。 「な・・・なんのこれしき・・・。不動の心・・・不動の心」 僕は一気に腰までつかった。 「グエー、さみーよー、ツメテーよー」 心がぐらぐらと揺れ始めた。しかし、ここでくじけたら終わりだと感じた僕は死ぬ気で肩まで入っていった。 グオワエウオー、ゴンジグジョー。水行なんてもんじゃなく、とってもツメテーよー。あまりの冷たさに呼吸がうまくできない。 しかし、ここまで入った以上、もういくっきゃないモードに突入だ。僕は水中メガネをかぶりヤマメのいる岩まで潜っていった。でも、体は進もうとするんだけど、手足がうまく動かずすぐに息苦しくなって浮いてきてしまった。息を思いっきり吸って再び潜る。今度はうまく潜れた。一気にヤツのいる岩の下に向かった。ようし、オレが突いたるでー。 「・・・・えっ?いない・・・じゃん。おいおい、ヤツがいないよー」 息が続く限り探してみてけど、ヤツの姿はどこにもなかった。再び苦しくなった僕は浮上し、いったん陸に上がった。 ハーハー、ゼーゼー。死にそうな息が続く。参ったのだ。肝心のヤツがいなくなっちゃった。んなバカなー。これじゃーまるっきり大バカじゃん。上から見る限りでは、あと可能性としては、真ん中の岩の下くらいだ。僕は最後の気力を振り絞って再度水の中へと入っていった。ヤ・ケ・ク・ソ・である。もう体はしびれており、さっき程は冷たさは感じなくなっていた。僕は足をけり、水の中へと入っていった。岩の下にうまく回り込めた。しかし、そこは思ったより奥が浅く、小さなイワナが1匹いただけで、目指す大ヤマメはいなかった。 ガックシである。気を落としていると、なんだか頭が朦朧としてきた。ヤバイのだ。僕は上に上がろうとしたけど、足がしびれてうまく使えない。息が苦しい。必死にもがいてどうにか息が吸えた。 しかし、そこから陸に上がるまでが大変だった。今度は腕がしびれてしまい、かなり水を飲みながらようやくの思いで岸までたどり着いた。肩から一回転するかたちで岸まで上がった。 ヒーヒーヒーヒー。か細い息が続く。こんときはマジで死ぬと思った。もうとにかく苦しくてどうしようもないのに、息が吸えないのだ。心臓麻痺ってヤツだと思った。その時、真っ先に頭に浮かんだのは、こんな格好で死にたくネー、だった。このクソ寒い時期にこんなところでモリ持って死んでりゃ、大笑いだもんなぁ。恥ずかしくって、死んでもしにきれねーよ。あーん、死にたくネーよ。誰か助けてくれー。 仏様のご加護か、はたまた悪運が強いのか、暫く仮死状態のあと、僕はようやく立てるまでになり何とか車まで辿り着くことが出来た。この間の記憶はほとんどない。とにかく車のエンジンを震える手で回し、目一杯ヒーターを入れた。1時間くらいヒーターにかじりついてようやく生き返った気がした。 やれやれである。たすかったー。僕は心の底から諸天善神に感謝した。少なくとも三面記事のネタにならずにすんだことが一番嬉しかった。 それにしても大寒に水をかぶっても平気なオイラがなぜ? 人一倍強靱な肉体と精神を持ち合わせてるはずのオイラがなぜ? それまで築き上げてきた慢心と言う名の壁がガラガラと崩れて行く。不惜身命という言葉から「不」が取れてしまい、すっかり自信も喪失してしまったのだ。 まぁ、考えて見ればお釈迦様だって、こんなバカは救ってくれネーわなぁ。人世の救済のため、己が身を清浄にせんが為の水行と違い、なんつっても殺生である。これじゃーソッポむかれちゃうわなぁ。まぁ、命が助かっただけでも儲けもんである。これに懲りて、二度とこんなバカはやめよっと。 ・・・・同じ場所で、投網を試したのは、それからわずか2週間後であった。 嗚呼・・・・・・。 (書き下ろし) |
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