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『Outdoor』 連載バックナンバー | |||
◆ 第1回 坊主がボウズになった日 ◆
「こんちはっ」 畑の入口で檀家のおじいちゃんに声をかける。 「おうっ、和尚。またメメズけぇ」 メメズけぇと来た。そうメメズなのだ。けっしてミミズじゃないとこがいい。ましてキジなんていう人はひとりもいない。キジといえば山の中で、ケーン、ケーンと鳴くやつに決まっていて、お魚のえさではないのだ。だいたいウジムシのことをサシなんて呼ぶのもよくわかんない。ウジはどこまで行ってもウジだ。結婚前、女房とワカサギ釣りに行ったとき、さんざん釣って、さんざんいじくりまわした後、女房が素朴な疑問を抱いた。 「ねぇ、ところでこのサシって書いてあるかわいいムシなあに?」 僕としてはただ正直に答えたつもりだったのに、深く女房を傷つけてしまったらしかった。 しかしそれはそれとして、あくまでウジはウジなのだ。 さて肝心のミミズの話に戻ろう。ぼくがなんで市販のミミズを買わずに、わざわざ畑荒らしまでしてミミズを捕るのかというと、これにはそれなりの訳がある。理由は単純明瞭、ここの畑のメメズはじつによい。何がよいのかというと、まず太い。釣りにおいては結構これが重要なポイントで、細くて素麺みたいなのだと食いが悪い上に、針につけるのもやっかいだ。市販のミミズの欠点はなかなか太いのがいないことにある。中には一つの箱の中にいるミミズのうち、使えるのは半分にも満たないものもある。これじゃお金がもったいない。 さらに、ここのメメズのよいところは元気がよい。ピンピンしてる。おまけに檀家のおじいちゃんちの人糞がたっぷり効いているのでとにかく臭い。こと、この世界に限っては、臭いヤツのほうが好かれる。それも強烈なにおいのやつほどだ(ううっ、うらやましい) 風呂嫌いの僕なんか3日もお風呂に入らないと、家中の者がだれひとり近寄ってこない。一度面倒くさくて一週間ほどお風呂に入らなかったら、女房に消臭スプレーをかけられた(おれはウンコか・・・)。 そしてここの畑のメメズちゃんの極めつけにグーなのは、こんなによいことばかりなのに,なんとタダ。買っても大した額ではないけど、それでもこのご時世にタダとはありがたい。まぁそんなわけで、必要なときは和尚の特権をフルに乱用させていただいてるのだ。 ところがである。今年はある異変が起きた。メメズがまったく捕れないのだ。といってもメメズがどっかに行っちゃったんじゃなくて、雪がじゃまして掘れないのだ。 「これじゃあ無理ずら」 さすがにあきらめて、仕方なく今年はイクラでやろうと釣り具屋に行くと、な、なんと売り切れ。明日にならないと入ってこないらしい。明日の朝使うのにそれじゃ間に合わない。トホホである。仕方なくバイオのブドウムシを買ってきたものの気分は乗ってこない。 部屋にこもってわびしく渓流竿を磨いていて、ふと壁に掛けてあるフライロッドに目がいった。 ちなみに僕はシーズンオフになるとこれみよがしに部屋にいろんな道具を持ち込んで、それを飾りまくるという癖がある。オフの寂しさを紛らわすためのデコレイトだよ、なんて女房には言ってるんだけど、実はここを訪れる人に自慢したいだけなのだ。 オービスだのセージといった女房の目を盗んで買った、バカ高いロッドをお客さんの目線の位置を計算してディスプレイしてある。友人などが来てそのロッドをじろじろみていると、思わずムフフである。うれしいのだ。そしてそのロッドについて何か聞いてきてほしい。能書きをたっぴりたれたい。うずうずしちゃう。 ところがよくしたもので、皆一瞥しただけで興味を示さない。釣りをしない人にはじつはどうでもいいのだ。そんなものは・・・。 しびれを切らして仕方なくこちらから”このロッドいいだろ”と切り出しても、”あん?オーなんかほせーさおだなぁ、ワカサギでも釣んのけ”とか”うちの子もこないだ同じのを買ってきたぞ。たしかリールやら糸やら仕掛けが全部ついてて2千円ぐらいだったなぁ”である。 そんな見栄の塊であるロッドもようやく本来の役目を果たすときが来たのだ。それも今年は例年よりも一ヶ月も早く。 ロッドとリールを丹念に手入れして、次は肝心のフライ作りだ。ここがいちばん大事なんだけどちょっと困った。というのも、こんな早くからフライを振ったことがないのでどんなを巻いたものやら見当がつかないのだ。4月くらいだと20番のミッジでイイんだけど、だからといって22番に落とせばよいという単純なものじゃない気がした。考えた揚げ句、魚の活性を考慮に入れて、ウエイトを巻いて水中をゆっくり流れるように工夫した。 悪戦苦闘の末、2時間掛けて5つ巻いた。なにせ小さいから,タイイング用ルーペを使ってもひと苦労なのだ。とにかくできたフライをケースに入れて眺める。至福の時だ。ブランデーをちびりちびりやりながらコルトレーン聞いて、フライを見つめ明日への思いをめぐらす。格好いいのである。キマったのだ。 気分も盛り上がり爽快な気持ちで迎えた解禁当日。 朝のお勤めをサボって、仏様と目を合わせないようにソーっと外にでると、な、なんと白いものがちらほらと・・・。 「ゲゲッ、雪だ!!」 夕べの天気予報では曇り時々雨と言っていたので一応カッパの用意はしておいたけど、まさか雪とは。ポカンと開いた口に二筋の鼻水が・・・。 それでもなえかけた気持ちを、なんとか奮い立たせてどうにか出発。30分ほどして目的地に近ずくと、ちらほらと河原でたき火をしている人たちが目に入った。心なしか例年より少ないようだ。おそらく雪で出足が鈍っているのだろう。 シメシメである。釣り人が少ないぶんたくさん釣れるのだ。思わず元気が出てきた。単純なのである。釣れそうな場所を見計らって車を止め、さっそく支度にかかった。ところが外にでると寒くてなかなかした支度がはかどらず、ずいぶんと時間がかかってしまった。とにかく手が震えてラインをガイドに通すのが容易じゃない。やっとの思いでリーダーまでこぎつけても今度はフライを付けるのがまた一苦労。なんせ22番である。よくおばぁちゃんが針に糸を通すとき苦労するあれだ。目が寄り目になって戻らなくなる寸前にやっと通ってくれた。ため息をついて周りを見るともうすっかり明るくなって、ぼちぼち始めても良さそうだ。寒さに負けないように気合いを入れ直して、川に向かった。気のせいかいちだんと雪が激しくなってきたように感じる。とにかく今年の初釣りである。バチが当たるのを覚悟でお勤めまでサボってきているのだ。なんとしても釣るぞ。そうだ釣るっきゃない。 凍える手で第1投を振り込んだ。うまくいった。・・・ように思えたのは最初だけで、困ったことにフライがどこ行ったかまるでわかんない。雪でまったく見えないのだ。インジケーターが小さいため、雪で隠れてしまってる。これじゃ釣りにならないので、すぐに大きめのインジケーターに付け換えたら、今度はしばらくするとインジケーターの周りが凍り付き出した。こいつが一回振るごとに大きくなる。最初はなめて溶かしていたけど面倒臭くなって放っておいたらやたらと大きくなった。フライを振る度にドッポーンと音を立てて水面を騒がす。まるで石を投げながら釣りをしているようなものだ。これじゃ釣れるわけがない。 プッツン寸前になりながらその後しばらく続けてみたけど、釣れる気配が全くないのであきらめた。時計を見ると11時ちょっと前。こんな状況の中でよく5時間も粘ったものである。凍りつく寸前の鼻水をすすりながら、ふと西洋のことわざが頭に浮かんだ。 夕方部屋でふて寝をしているところを、釣友のyが訪ねてきた。やーな予感がした。 「へっへっへっ。どうだい釣れたか?」 知っているくせに聞くのだ、コヤツは。 「・・・・・」 オメーだろ、気にさせてんのは。 「まー、おれも今日は不調でヨー、こんだけしか釣れなかったぜ」 出たっ。こうなると思った。どうせビクの中は魚であふれているのだ。そうに決まっているのだ。 「どーだい、えっ、どーだい」 得意の絶頂である。 あーあ、どうしておれの周りにはこんなヤツばっかなんだろう。仏の慈悲ってもんがないのか、お前らには。 「しっかし和尚、解禁早々坊主がボウズじゃ、しゃれにもならんなぁ、ガッハッハッハ」 バカでかい声が部屋中に響く。それから延々とヤツの自慢話が続いた。 (『Outdoor』 1998年4月号掲載)
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