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『Outdoor』 連載バックナンバー | ||||||
◆ 第2回 M38ブルース ◆
思えば去年の夏、このサンパーを手に入れるまで実に苦難の道であった。子供の頃にテレビで見た”ラット・パトロール”や”コンバット”で、その走る姿を見て以来すっかりジープに魅せられ、いつかはこの車に乗るゾーと心に決めて幾星霜。なんと長かったことか。沖縄中の車屋に電話をかけまくったり、各地の基地に直接問い合わせて、その度いつも同じ答えと小言を聞かされ続けた苦労が報われたとき、あまりのうれしさに寝食を忘れて乗り回したものだった。 結局手に入れてみてつくづく思ったのは、アメリカ兵と仲良くなることが一番の近道だったのだ。ただし本国からの輸送の手配やら税関の手続きやらを全部自分でやらなきゃならず、更にナンバー取得のため陸運事務所に通い詰めたりと、ムッチャクチャ面倒臭かったけど・・・。 さて、本来第二次世界大戦中に活躍したのは、ウイリスMB、フォードGPWで、僕のサンパーはその数年後の朝鮮戦争時に活躍した車両である。現行の三菱ジープの原型になった車両なので、顔は今のジープに近いものがある。本当はウイリスの顔が好きなんだけど、身長180cmの僕には運転席がヒジョーに狭く、あえてサンパーを選んだのだ。 そのサンパーに乗ってみてビックリ。実に50年前の車両のくせにまことに調子がよい。最高速も80Km/hは出るし、乗り心地も悪くないのだ。僕はもう一台シビックも持っているけど乗る比率は同じくらい。遠出はシビックにしているけど近場はほとんどサンパー。従って決してセカンドカーではなくて、立派に普段の足となってくれる。もちろん檀家さんの家に行くときも、ブンブン。衣に袈裟かけて颯爽とお経周りをするのだ。そして夕方になると衣と袈裟の代わりにフィッシングベストを装着してフライを振りに行く。こんなことを続けていたらすっかり名物になった。
夜になると話を聞いた人が見にくるようになった。 「なんだこりゃぁ、ハンドルが左にあるじゃん」 矢継ぎ早に質問が飛び交う。 「うーん、それはね・・・」 説明するうちにすっかり悦に入って、聞かれもしないことを長々と喋る。その様子を女房が見ていて相手の人に同情する。無理もない。2時間も3時間も手に入れるまでの苦労話やら、エンジンのことを聞かされた揚げ句、強引に横に乗せられひとっ走りしてこられるのだ。一杯気分で来た人もすっかり酔いが醒めて帰る。それに懲りて二度と来ない。そして、「どうやらお上人は進駐軍が乗っていたジープに乗ってるらしいど」ということで落ち着いたようだ。まぁちょっと違うけど、どうでもいいのだ。とにかくスゲージープに乗ってると思われれば満足。細かいことは気にしない。 ところで、このサンパーに乗るようになってから、一つのジンクスが出来た。 サンパーのおかげで好調だった釣りも10月が来て、あっという間にシーズンオフ。それまで調子良かっただけにチョッピリ残念だったけど、こればっかりはしょうがない。また来シーズンのお楽しみだ。 寒さが増し、冬がくるに連れサンパーに乗る機会もだんだんと少なくなってきた。なんせフルオープンのくせに暖房がない。すごく寒い。ハンパじゃない。一度、大風邪を引いて家中の者に笑われてからすっかりくじけた。それ以来冬の間はたまにエンジンをかけてやる程度に。でも触っていたいので毎日毎日カーモップで磨いてやった。汚れてもいないのにせっせと磨いていたら、ボディーに変なテカリが出てきた。でもでもまだ触っていたいので気にせず更に磨き続けたら、テッカテカに光ってきた。色のくすみが50年という歴史をある程度感じさせてくれていたのに、なにやらミリタリーっぽくなくなって、現代風になってきた。 そして春が来た。やったのだ、待ちに待ったジープの季節、そして釣りのシーズンオン。さぁ今年もサンパーでがんがん釣りまくってやるぜい。の、はずだったのに今年は去年とちょっと違った。しょっぱなから全然釣れないのだ。先月号で述べたように、解禁早々雪にゃぁ降られるし、冬の間丹精こめて作ったフライに見向きもしてくれない。たまに掛かってもアブラハヤばっか。思わず油性のマジックでパーマーク書き込んだろかと思ったほどデカイのが釣れた。オメーじゃねえんだよー、ヤマメちゃんを連れてきなさい、ヤマメちゃんをー・・・。言っても無駄だった。ただグエッグエッと答えるだけで人の話を全然聞いてない。相も変わらず釣れてくるのはバカでかい丸々と太った、グエッグエッだけ。去年あれだけ釣れたのが嘘のよう。ちゃんとサンパーでくり出しているのにー、一体どうしたんだヨー。さしもの神通力も色のくすみとともに消えてしまったようなのだ。 こればかりはいくらお経を読んでもダメ。すでにクロダイの30連敗中に実証済み。しかしあきらめきれず、普段より30分も早く起きてお勤めしてみたけどやはり無駄だった。どうやらお釈迦さんは釣りを知らないんじゃないかという重大なことに気が付いた。シマッタと思ったナーこんときは。・・せめてガンジス川で鮒でもやっててくれたらナー・・・ううっ。 そこで早速手を打った。と、言ってもただ釣りに行くとき車をシビックに乗り換えただけ。なんてことはない、ただそれだけ。シッカシである。たったこれだけの事で状況が一変した。なんとバカスカ釣れ出したのだ。それまでが嘘みたいに釣りに行く度に良く釣れた。4月前なのに尺モノも出た。ウッハッハである。笑いが止まらないのだ。もうあちこちの釣友に電話しまくり、吹きまくってやった。解禁でしてやられたyにはわざわざコピーした魚拓を で送り付けてやった。 「ばっかみたい」 余りにはしゃぐ僕を見て、女房がつぶやいた。 ふんっ、良いのである。ほっといて欲しいのだ。普段めったに釣れることのない僕にとっては、とても貴重で幸せなひと時なのである。 そして、その頃を境に車を洗うのをやめた。どうもサンパーで、せっかく来ていたツキを磨き落としてしまった僕としては、同じ轍は踏むまいと決めたのだ。さすが宗教者である。同じ過ちを二度とすまいというその意気や良し。 ところがである。お魚ちゃんは相変わらず良く釣れるんだけど、家族中から苦情が来た。とにかく汚いのだ、車が・・・。そりゃそうだ。泥んこのオフロードをブイブイ走ってりゃ汚れるのが当たり前。もうタイヤから窓から屋根に至るまで泥だらけ。元の色も良くわかんなくなってきた。 「きったなーい、もうなんとかしてよー」 妻怒る。どうやら買い物に行って笑われたらしい。無理もない。どうしてもきれいにしろと鬼気迫る顔で訴えてきた。うう・・・恐ろしいけど釣れなくなるのも困るのだ。どうしよう、弱った。 結局、近所の子供にまでバカにされたので、泣く泣く洗った。やけくそになってピッカピカになるまで磨いた。普段したことがないワックスがけまでしちゃった。 「うわーきれいになったねー。やれば出来るじゃん」 妻喜ぶ。うれしいのだ。一安心である。でもチョッピリ気がかりなことが・・・。 その日の夕方ピカピカの車でフライを振りに行った。不安な気持ちを隠しきれずにハンドル握って川沿いを走っていると、先日尺物をあげた場所に近づいてきた。今日はその上をやる予定。川の状況は良さそう。幸いポイントに先行者はいないようだ。シメシメである。車を止め、支度に取りかかる。段取りは良い。なんせこちとらフライ歴十数年のヴェテなのだ・・ただし悩みは深いが・・・。 18番のニンフを付けて川に向かうと小さな虫が飛んでいた。大きさを見ると16番ぐらい。それを見て急遽ドライに交換。これが大正解で、結局この日も28 を頭に大漁だった。ヤッタネ、車を磨いても大丈夫だったのだ。もうすっかり調子に乗って、その夜もそこら中に電話をかけまくった。そして吹きまくった。 それから今日まで相変わらず好調が続いている。車はもちろんサンパー。やっぱりジープなのだ。フルオープンで風を感じながらフライを振りに行くなんて最高の贅沢である。今年はいいゾー、なんて調子こいてたら突然クシャミが出て、そのうち止まらなくなった。鼻をかみながら、フルオープンの車は花粉症にヒジョーに良くないと悟るのに、たいして時間はかからなかった。 (『Outdoor』 1998年5月号掲載)
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