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『Outdoor』 連載バックナンバー | |||
◆ 第5回 源流行Part.1〜大イワナに挑戦の巻 ◆
「なぁ、佐藤君。実は君にはまだ言ってなかったけど、天然の尺イワナが釣れるマル秘のポイントがあるんだけど・・・」 早速乗ってきた。シメシメである。 「うーん、ホントは僕だけの秘密のいポイントだけど、まぁきみには特別に教えてやるよ」 食いついた。 「君ネー、これを教えるのは君だけなんだから、絶対人に言うなよー」 なんかピンとこない様子なので、あわててフォローしまくった。 「いやー、君は知らないだろうけど木曽には良い川が沢山あって、もうそれこそ尺イワナがわんさか泳いでるぞ」 急に目が輝いてきた。 「うん、黒部なんてメじゃないぞ」 ウソである。大体木曽なんて釣りに行ったこともなければ見たこともない。一体、今、思い出しても良く分かんないんだけど、どうして木曽なんて言っちゃったんだろう?もう少し近くでそれっぽいとこなんていくらでもあるのに(多分、朝、テレビで木曽のちょっとした特集をしたのが、頭にこびりついていたんだと思う)。ところがである。この仏のお導き?とも思える展開が、意外な結果をもたらしたのである。 朝のお勤めを終え、一息ついてお茶を飲んでいると、けたたましい音と共に、佐藤君のテラノが境内に入ってきた。8時に来いと言ったのに、まだ7時をちょっと過ぎたばかり。その張り切りぶりが伺える。 「ししょーっ、やりましたー。晴れましたよー」 朝からバカでかい声が寺中に響きわたる。 「あー、分かった分かった。まぁ、それは良いけど相変わらず君は騒々しいなぁ」 完全に舞い上がっちゃってる。 なんとか黒部行きは免れたものの、とんだ成り行きで木曽に行くことになってしまい、佐藤君にお尻をつっ突かれながらようやく実行に移したのが6月に入って間もない月曜日。独身の佐藤君と違い、女房子供のいる僕にとってこの3日間の休みを取るのがどんなにタイヘンだったことか・・・。そんな人の気も知らずに、遠慮なくバクバク朝飯を食うコヤツと、これから3日間行動を共にしなきゃならないことを考えると、とってもブルーになるオイラであった。 朝飯を食べて、家を出たのが8時過ぎ。予定だと2時頃には着く。しかし、なんと言っても初めて行くところなのでどうなるか分からない。ポイントも、あらかじめ地図でいくつか川の目星をつけといたけど、これも行って見なけりゃ分からない。文字通り行き当たりバッタリってヤツだ。 「いやーついに師匠と遠征ですねー」 ハイ・テンション状態でハンドル握りハシャギまわる佐藤君であった。 それにしても遠征して、キャンプするなんてホント久々である。根っからのキャンプ大好き人間の僕は、いつしか心も佐藤君につられてウキウキしてきた。車窓からの眺めの良さも手伝い、トラベル・ハイになってきたのだ。 「おい、佐藤君。巨乳ちゃんだぞ、特大の」 そんなバカを言いながら楽しいドライブをしていると、いつしか中津川インターに近付いてきた。とうとう来たーって感じ。不安な気持ちを胸にインターを降りると、新鮮な景色が開けてきて、思わず見とれちゃった。 「師匠、どっちです?」 不意を突かれた。 「なーんか師匠、大丈夫すかー」 ガー、やばいやばい。なんせ初めて来たとこなので、いきなり交差点があってもわけがわかんない。しかしそれを悟られてはヒジョーにまずいのである。なんせ、僕はここらに精通しているはずなのだから・・・。それからはオラーいかにも知ってるゼ野郎になりきった。「そこ右ね」とか「へー、ここらも変わったなー」とか言っちゃって、思わず”役者やのー”という古いギャグが頭をよぎった。 暫く行くと大きな橋がり、その下には、紛れもなく清流が流れていた。 「師匠っ。川っすよ、川っ」 佐藤君が叫んだ。 「ははっ、佐藤君。我々が目指すのはこの川の上流なんだよ」 思わず口をついて出てしまった。 「えーっ、そうなんすかー。ヤッター」 橋にさしかかると「一級河川・木曽川」と、看板に書いてあった。 (へー、これが木曽川かぁ)。想像していたより水量もあるし、上流部も奥が深そうな感じで、ちょっと意外な感じを受けた。 橋を渡ると、ひたすら上流を目指した。まぁ、上流に行けば渓谷があるだろうし、んでもってそこで竿を出して釣れればめっけもの、ダメでも護岸工事か去年の台風のせいにすればいいのだ、と腹を決めていた。川沿いの道を進み、幾つか左から良い川が来ていたので一番奥が深そうな川を選んで左折した。途中の酒屋でアルコールを補充。それとなく酒屋の親父に川の状況を聞いてみると、ここらはあまり釣れないとのこと。ただし、道は悪いけどずっと奧の源流に行けばデカイのが釣れるぞと力説された。このおじさんも釣りをするみたい。 山奥、源流、デカイ。ちょっとちょっとー。なんだか急にやる気が出てきたじゃない。どうも昔から源流志向だったせいか、こういう話に弱いのだ。 酒屋のおじさん、身振り手振りで自分の釣ったイワナの自慢話をし始めた。不思議なことに”こーんなのを釣ったぜ”って手で大きさを示す度にどんどんイワナが大きくなってく。最後の方では1メートル位になっていた。 (おいおい、それじゃサケだぜ、アンタ) まぁ、それはともかく、こうなりゃ話は別である。思い切って源流攻めてみたくなっちゃった。こうしちゃいられないのだ。サケがクジラになる前に、足早に車に乗り込んだ。胸をときめかせ、30分ほど行くと道が段々狭くなり、やがてガタゴト道になった。 「ヒャー、車が壊れるーっ」 大騒ぎの佐藤君をほっといて渓流を眺めていたら、しばらくして古びたゲートに突然道を塞がれた。車を降りて確認するとしっかりと鍵がかかってる。 「師匠、どうします?」 今更戻って別の川へ行く気にもならず、とにかくここから歩くことに決めた。もう僕の心は源流にあった。こうなりゃ強引に佐藤も連れてっちゃる。車を脇に寄せて、タイヤに滑り止めをかます。靴を履き替えてそれぞれの荷物を背負い、いよいよ源流行の開始だ。 「げっ、し、師匠。これむっちゃ重いっすよ」荷物を持った佐藤君が、不満げな顔で訴えてきた。 「何言ってんだよ、君のは精々15キロぐらいしかないんだぜ」 そう言って佐藤君が僕の荷物を持ったらウソがばれた。実は佐藤君のより軽いのだ。 「ゲゲッ、これ僕のより軽いじゃないですかー」 なんだか訳も分からず言いくるめられて、渋々荷物を背負う佐藤君を尻目に、さっさと歩き始める僕であった。 山のあなたのイワナちゃん 歩き始めてから30分ほどすると山道が二股に分かれていた。標識はなし。本来なら川に向かう右の道を選ぶとこだけど、山の奥の状況を考えて左に行ってみようと思った。ちょっとした冒険だ。 「えーっ、師匠、こっちだと、どんどん川から離れていきますよー」 いつしか、命令口調になってきた。頭の中はいつもの源流行モードに切り替わっていたのだ。 「よし、休もうぜ」 背中の荷物から崩れるように佐藤君が寝ころんだ。ぐったりしている。暫く休ませることにして、その間にこの先を見に行ってみようと決めた。 「早く帰ってきて下さいよー」 新妻のように心細く呟く佐藤君を後にして、稜線をかけ登った。針葉樹林とクマザサに遮られていた視界が開けたのは10分ほど歩いてからだった。まず、ぐるりと見渡すと、我々がかなり奧まで来ていることが分かった。このまま稜線を歩いていけば3時間ほどで頂上に着きそうな感じだ。目をしたに移すと、かなり下のほうで川が流れてる。水量は相当ありそうだ。 さて、どうするか・・・。時計を見ると3時半を過ぎている。今夜のビバークを考えると、精々後1時間くらいの行動時間だと考えるのが妥当だろう。まして、佐藤君も一緒なのだ。時間に余裕を見なければ・・・。一番の安全策はこのまま稜線を行き、どこか川にアプローチしやすい場所から降りていくのがベストだが、もしそういった場所がない場合は、最悪、佐藤君とアンザイレンして強行突破しようと決めた。9mmザイルを50m持ってきたのが役に立つかもしれない。そうと決まったので、早速佐藤君のところへ引き返した。 「オーイ、元気かー」 てっきり心細さと疲れでしょんぼりしているのかと思ったら、さにあらず。チョコレートをパクつき、でっかい音でラジオかけてリラックスしてやがった。 「あー、師匠、おかえんなさい」 ウソこけ。まぁ、しかし、少しは安心した。ここでグロッキーされたらそれこそこっちがたまんない。何はともあれ出発。僕が先頭でヤブ漕ぎをしながら進軍開始。クマザサにこそ邪魔されるものの、稜線だけあって、勾配はさほどきつくなく快適な登りになってきた。佐藤君もようやくエンジンが掛かってきて周りの景色を楽しむ余裕が出てきたらしく、子供みたいに、ウオーッ、ウオーッと叫びまくってる。多少うるさいけど、まっ、熊除けにはなるだろう。 僕はとにかく今夜のビバークのことで頭が一杯。早く、川に降りてテントだけでも張ってしまいたかった。しかし、僕だけならなんとかなりそうなとこはあるにはあっても、佐藤君のことを考えると無理は出来ない。なんせ、やつは高所恐怖症、足元不安定野郎なのだ。かといって、このままではどんどん川から離れていきそうな感じがしたので、僕は思いきってアンザイレンして、降りれそうなところを降りることにした。最悪行き詰まったら、ハーケン打って懸垂で降りちゃえ、と、勝手に決めつけていた。ひどい師匠である。 「オー、師匠。これがザイルってやつですかー」 コ、コイツは一体・・・。思わずここから突き落としたろーかなんておもったモンなぁ。 「き、君、いい性格してるネー」 クソー、この下りで泣き言は言わせないぜ。アンザイレンしての下りを開始した。先程までの快適さはどこへやら。いきなりのひどいヤブ漕ぎだ。しかも、一歩間違えば川まで一直線。緊張が続く。 「オーイ、大丈夫かー」 ガハハ、緊張しまくってる。声のトーンもなんかプルプル来ちゃってるかんじ。 「おいおい、佐藤君。墜ちるなよー、僕まで巻き添え食っちゃうんだからー」 ははっ、なんか大人げないのでいじめるのはやめにして、降りることに集中した。途中、悪場も何カ所かあったけど、懸垂下降することなく、なんとかこなして良い場所に降りることが出来た。まずは一安心。第一関門突破って感じだ。 「あー、し、ししょう。師匠はいつもこんなことしてたんすかー」 精根尽き果てた感じの佐藤君を尻目に、ビバークの場所を確保しようと、周りを見回した。その時初めて気が付いたんだけど、この川は実に良い渓相をしており、何とも言えない期待感を抱かせてくれた。水量も申し分ないし、淵の状態も良かった。いわゆるザラ瀬が続くのではなく、個々の淵が大きくて深く掘れている感じ。今までの経験から、こんな川は魚が豊富で大物も多い。加えて日差しも明るすぎず、イワナにはもってこいの川に思えた。なんか、早く竿を出したくなって、速攻で場所探しをしてテントを設営。佐藤君もまたまた復活して、楽しそうに手伝った。 「さて、やるか」 時計を見ると5時を少し過ぎたばかり。今の時期を考えると夕飯の準備を考慮に入れても6時まではやれるだろう。モノさえいれば1時間は決して少ない時間じゃない。例のごとくおかずは現地調達主義なので、釣れなきゃ今日はご飯だけでおかず無し。大メシぐらいの佐藤君にとっては死活問題である。 ザックからダイワの振りだし式フライロッドを出してセットする。一応エサ釣りの用意もしてきたけど、とりあえずフライで試してみようと思った。イブニング・ライズにはまだ早いので陸生昆虫で攻めてみることにし、ブラック・アントの13番をリーダーに結んだ。初夏から8月一杯までなら僕はほとんど昼間はコイツを使用していた。ちょっとした僕の得意フライだ。 「お先に」 もたもたしている佐藤君に一声かけ、第一投を投入。まずは一番近くの瀬に振り込んだ。ボディーが黒で見えにくい分、白のパラシュートをたっぷり巻いてあるので視認性はよい。期待と不安の一投目はなんの反応もなく流れてしまった。続けて二投目。今度はやや上手に振り込んだ。と、ほとんど着水と同時に出た。合わせるとがっちりとフッキング。慎重にやりとりする。何故かいつもそうだけど、最初の一匹には特に神経質になる。寄せてくると25cmくらいの良型イワナだった。ヤマメのテリトリーかと思ったけど、どうやらイワナの領域に来ているようだ。 「出ましたネー」 佐藤君が駆け寄ってきた。 「うん、幸先良いなぁ」 二人できれいなイワナを眺めながら呟いた。まずはこれで二安心目だ。何の前情報もなく初めて入る川には一抹の不安が付き物。時には全く魚がいない川に苦労して入り、さんざんな目にあったこともあった。それと、今回は佐藤君にでかいことを言った手前もあり、その分嬉しさもひとしおだった。 佐藤君もこれに奮起して、張り切って上流へと向かっていった。僕は一匹釣れたので気をよくして、少し下手を攻めてみることにし、上流は佐藤君に譲った。二、三の淵で空振りをした後、その下の淵で来た。これが結構デカイ。 足場が悪かったので下に回り込みやっと寄せた。手に取ると尺近い幅広イワナ。天然特有のヒレがピンと張ったとてもきれいなヤツだ。 (やりー) 一人でガッツポーズをし、テン場へと戻った。型のいいのが2本出たので釣りはこれで十分。今夜に備えてやるべきことはたくさんあるので、後は明日のお楽しみだ。 薪を集めて火をおこし、食事の下準備をしていると、佐藤君が戻ってきた。その満面の笑みから遠目にもいいのが釣れたのがわかる。 「ししょーっ、出ましたよー」 えらく興奮してる。 「師匠、見てくださいよーっ」 そういって佐藤君がビクをひっくり返したら、なんと型のいいのが4、5本出てきた。 「おい、おい、いい型じゃん」 なんだか無性にうれしくなっちゃった。適当に入った川だけど、まさかこんなに釣れちゃうなんて望外もいいところである。 早速、ハラワタを出して塩焼きにしたり、三枚に下ろしてムニエルにしたりと、木曽の天然イワナに舌鼓を打ちまくった。酒も入って二人で大盛り上がりの大宴会をブチあげたのである。 「し、ししょうー。木曽ってのは最高っすねー」 満天の星空の下、木曽の御嶽山もびっくりのスンゲー歌が、夜遅くまで山中にこだましていた。(Part.2へ続く) (『Outdoor』 1998年8月号掲載)
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