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『Outdoor』 連載バックナンバー | |||
◆ 第7回 源流行Part.3〜大イワナに挑戦の巻 ◆
「し、師匠ーっ。ヒエー」 4番のロッドが満月のようにしなって、佐藤君が悲鳴を上げている。無理もない。こんな経験は今までヤツにはなかったのだから・・・。 牛に引かれてじゃないけど、佐藤君に引かれて木曽まで繰り出し、大苦労の末源流までたどり着いて、とうとう魚止めらしき滝に到達。そこで我々を待っていたのはとんでもない大イワナだった。そしてそいつが今佐藤君のフライをくわえて戦いを挑んでいるのだ。 「頑張れ、焦るな、粘れよっ」 僕も同じ言葉を繰り返すのみだ。後手伝えるのは精々取り込みの時ぐらい。 佐藤、頑張れっ。 イワナはとにかく深く潜ろうとしているようだ。あまり横走りして、左右に振られるよりはずっと良い。ただ一つ心配なことがあった。ティペットが細いのだ。水量が少なくなった頃から、二人ともナチュラルドリフトしやすいように0.3号まで落としていた。 ”ギーッ” リールから糸が出て行く。 「おい、あんまり深く入られるとまずいぞ」 ロッドはいわゆる満月状態。イワナはいっこうに上がる気配がない。 「し、師匠ー、どうしましょうー」 佐藤君も必死にロッドを立てている。しかし、いくらうまくなったとはいえ、持久戦に不慣れな佐藤君にとってここらが限界だったのだろう。なんとか数回巻いたのが最後で、鈍い音とともにリーダーが宙に舞った。 「あぁ・・・・・」 悲鳴とともにその場に座り込んじゃった。肩をガックリと落として、しばしボー然としている。 「ティペットが・・・」 ポツンと独り言のようにつぶやいた。 「うん・・・」 僕も言葉が出なかった。昔、朝日連峰、出谷川でドバミミズえさで50cm級のイワナを掛けて、散々粘られた末にやられた記憶がよみがえってきた。 「まっ、元気出せ。やられたモンは、しゃーねーよ」 その後、なんとか佐藤君を慰めて腰を上げ、滝を登るとやはりそこから上にイワナはいなかった。さっきのは間違いなく魚止めの主だったのだ。 「あー、なんかむちゃくちゃ悔しいっすよー」 休憩のとき佐藤君がぼやいた。 「はは、まぁいいじゃないか、尺モノも釣ったことだし。オレなんか大物に逃げられ、雨にゃあ降られ、あげくに道に迷ったなんて事もあったぞ」 佐藤君の機嫌も直ったので、ロッドをしまい、ザックを背負って遡行を開始した。 コ、コンヨクー! 30分ほど歩いてふと見ると、もうすぐそこに稜線が見えている。このまま稜線目指しても行けそうだった。時間を見ると2時30分。予定だと今日はここらでビバークするつもりだったけど、燻製にするはずのイワナもあまり確保できなかったこともあり、一気に取り付き点まで降りちゃおうかと思った。 「どうだい、このまま頑張って車のとこまで行っちゃおうか」 一瞬耳がピクピクしちゃった。 「君ぃ、そりゃたしかかね」 大バカ野郎なのだ。 それからは二人で”混浴っ、混浴っ”と妙なかけ声を掛けながら、ものすごいスピードで稜線目指して掛け登った。おかげで、ふつうなら小1時間はかかりそうな登はんも、30分ぐらいで稜線まで来ちゃった。 「ふーっ、早かったなぁ」 醜い会話である。 稜線の下りは快適だった。厄介なクマザサもほとんどなく、悪場もザイルを使うほどではなかった。ただちょっとガスっていたので周りの景色がイマイチ。晴れていればおそらく南北のアルプスが見渡せたはずだ。 「師匠、昨日の方が景色良かったっすねぇ」 バカを言ってると、昨日川へアプローチした地点に着いた。荷物を置いて一休みしながら、改めて眼下の川から奥の方へと目をやった。かなり深くて険しい谷だった。 「しかし、良く行ってきたなぁ」 そこから車までは、2時間ほどで着いた。時計を見ると6時ちょっと前。最終取り付き点から3時間半かかったことになる。これも日が長い時期だから出来たのだ。 「なんとか明るい内に着きましたね」 どちらからともなく握手した。文字通り肩の荷がおりた感じでホッと一安心。なんか一人のときより疲れたけど、この珍コンビにちょっとした心地よさを感じていた。子供も二人いることだし、そろそろ単独行を卒業しようかなんて、ふと思った。 「さぁ、師匠、温泉行きましょう。混浴、混浴っ」 ガクッ。うーんさすが我が相棒なのだ。二人の将来は明るいぞ。 「よしっ、行こう行こう」 ギャルはギャルでも・・・ まっ、それからは絵に描いたように珍道中しちゃった。飛び込みで入った温泉にはそれこそ、ん?十年前のギャルしかいなかったし、ガックリ来て半分のぼせながら車まで来たら、何やら車内に異臭が立ちこめているではないか。 ”イワナだっ” 二人で顔を見合わせた。失敗したのだ 。昼間釣ったイワナのことをすっかり忘れていた。ザックの中をあけると、キープしといた7、8匹のイワナがヘターッとなって異臭を放っていた。 (かわいそうに) 言いしれぬ罪悪感に襲われて、思わずお経をあげて近くの土に埋めてやった。 「早く食べてあげれば良かったですねぇ」 佐藤君も後ろめたそうに土をかけていた。 それからは二人でしょぼくれながらテントを設営し、やけ酒をかっくらった。最後の最後でつまずいてしまったのだ。 「大体君が混浴などと言うからだなぁ・・・」 テントの中で、朝まで二つの煩悩の炎がゆらゆらと燃え盛っていた。 次の日はお約束の二日酔いで、ふらふらしながら家まで辿り着いたのだった。まぁ、とにかく無事に帰ってこれたことを、心から仏様に感謝した。そして、祈った。 (どうか、佐藤のひねくれた根性が直りますように・・・) その夜、仏様に叱られる夢を見て目が覚めた。 (『Outdoor』 1998年10月号掲載)
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