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『Outdoor』 連載バックナンバー | |||
◆ 第9回 少年坊主ひと夏の経験!の巻 ◆
良くマージャンなんかでも久しぶりにやると大勝ちをすることがある。僕はそういうときは、ツキがたまってたんだと解釈するようにしている。いわゆるツキの貯金である。だから今回のイシダイもその貯金がモノを言ったのだ。実にハッピーな気分である。で、そのハッピーなイシダイを家に持って帰ってきたら、たまたま佐藤君が遊びに来ていた。 「師匠、ずるいじゃないっすかー。行くなら僕も誘って欲しかったのにぃ」 ウソだよーん。タダでさえ足元不安定のこの男を、磯になんか連れてったらそれこそ命が幾つあってもたんないモンね。ズェーッタイ連れてってやんないヨヨーンだ。 「ところで師匠、釣果はどうだったんすか?」 言いながら佐藤君がクーラーボックスを開けて叫んだ。 「ゲゲッ、師匠、これイシダイじゃないっすかー」 興奮すると意味不明な言葉を発する癖があるのだ、コヤツは。 「しかし、イシダイなんて釣るの初めてじゃないんすか?」 ホントである。それもナント自分でもビックリだけど、僕が初めて海で釣った魚がイシダイなのだ。ウッソーと思っちゃうけど、ホントなのだ。 しかしこれを佐藤君に話しても到底信じてもらえないと思った。だから黙っていれば良かったんだけど、ついポロッと口から出ちゃったのだ。 「うん、まぁ信じてもらえないだろうけど、実は僕が初めて海で釣った魚が、なんとイシダイなんだよ」 やっぱなぁ、そりゃ信じてもらえんわなぁ。なんたって磯の王者、幻のイシダイだもんなぁ。 「師匠、お坊さんがウソついちゃいけませんよ。それこそ閻魔大王に舌抜かれますぜ」 クーッ、言われるよ。もう面倒臭かったけど、そん時の話をコンコンとしてやったもんね。なんせ閻魔大王の名前まで出されたら黙ってられないのだ。 坊主っ、竿かせー! 静岡県に焼津という町がある。そこに僕の親戚が住んでおり、小さい頃から夏休みになると、僕は必ずここに遊びに来ていた。僕の故郷の身延は周りが山ばっかで、海がとにかく珍しく、ここに来ると嬉しくていつも海に遊びに行ってた。なんせ歩いて10分もすると海に行けたのだ。それこそ朝起きてご飯食べたら速攻で海に行ってクタクタになるまで遊び、腹が減ったら帰ってきてご飯を食べるなんて生活を送っていた。 小学校4、5年の頃だったと思う。いつものように夏休みが来て例のごとく遊びに行くと、その家で一つの変化が起きていた。それは夜になると決まって皆でマージャンをするようになっていたのだ。親戚のおばちゃんに聞くと、どうやら今この家でマージャンがはやっているらしい。夕御飯を食べ終わるとテーブルの上に緑のマットが置かれて戦闘開始である。 最初はルールが良く分かんなかったけど、好奇心が旺盛な僕はすぐにルールを覚えてしまった。以来メンバーが足りないときは決まって僕が入っていた。その内面白くなった僕は、メンバーがいるときでも2着抜けルールを強制導入して割り込んだ。夏休みの宿題なんかそっちのけで、点数の数え方なんかを勉強していたのである。昼は海で遊び、夜はマージャンという典型的暇人大学生みたいな生活をしていたのだ。 そんなある日、近所のおじさんが釣りに連れていってくれた。そのおじさんもたまにその家のマージャンに参加する人で、なんだか分からないけど僕を気に入ってくれていた。話の中で僕が釣り好きだと知って”よし、じゃあ今度海釣りに連れてってやる”ってことになって、その約束を果たしてくれたのだ。 ところが防波堤に着くと僕にはウキが付いたのべ竿を持たせて”オミャーーはここで釣ってろ”なんて言って、自分はリールが付いた竿を持って、さっさと先端に陣取ってしまった。どうやら釣りには連れてくけど、自分の面倒は自分で見ろと言うことらしい。 波止の真ん中に一人取り残された僕は思案に暮れた。川と違い全く要領が分からないので、考えた末まずヘチを歩いてみることにした。この広い海でリールも無しに釣りをする以上はヘチを釣るっきゃないと思ったのだ。しばらく見て歩くと、テトラポットが沈んでいる場所に魚がたくさん見えた。 ここだな!! そう思った僕は、おじさんから貰ったムカデみたいなエサを恐る恐る針に付けた。今思うとイソメだと思うんだけど、川育ちでミミズに親しんだ僕にはどことなく恐怖だった。 ゆっくりと仕掛けを落とすとその魚達の中に沈んでいった。息を殺して当たりを待つと、すぐにウキが消し込まれた。反射的に合わせるとものすごい引きが手に伝わってきた。あまりの引きに、竿を抱きかかえるようにしないと竿を持っていかれそうだった。それでも川でコイなんか釣っていた僕は比較的冷静に応対できた。竿をしっかりと立てて、魚の動きに合わせチョコチョコ飛び回っていた。その様子を見たオジサンがすっ飛んできた。海を見て事情を知り、大声で叫んだ。 「オー、坊主、竿かせーっ」 オジサンの様子からなんかすごい魚が掛かっているのは分かったけど、意地でも自分で釣りたかった。その内引きが弱まってなんとか顔が水面から出た瞬間、オジサンがネットで掬ってくれた。防波堤の上にあげられた魚を見てオジサンが興奮している。 「おい、イシダイだっ、オミャーおい、イシダイだぞ」 そういわれてもなんだかよく分からない僕は、その縞が入った魚を物珍しく眺めていた。興奮するオジサンを尻目に、僕にはその黒と白の縞模様が小さい頃から慣れ親しんだ、お葬式の垂れ幕にさえ見えていたのだった。さぁ、それからも次々といろんな魚が釣れた。赤いのや黒いのや、川魚しか知らない僕にはどれも目新しくて、釣り上げる度に見とれちゃった。それまで川で雑魚ばかり相手にしてきた僕にとって、このときの釣りは強烈だった。引き、魚体、数、どれをとっても、アブラハヤやウグイの比ではなかったのだ。 釣り終わってオジサンとともに親戚の家に帰ってきたら、みんな僕の釣ったイシダイを見てビックリしていた。 やっぱりこのイシダイってヤツはスゴイんだって感じた。それからは、朝、ご飯を食べ終わるとそのオジサンの竿を借りて毎日釣りに出掛けた。もう夢中だった。釣りが楽しくて仕方なかったのだ。 暇人大学生のような生活から、昼は釣り、夜はマージャンという、道楽オヤジみたいな生活に進化した。大人になったのである。 考えて見ればこの夏の体験が、今の僕という人間の骨格を形成したと思う。釣りもそれ以来ずーっと大好きだし、マージャンも同様である。 アメリカのあるスポーツ学者が”10歳の時になんのスポーツをしているかで、その人の運動能力が決まる”ということを言っていた。つまり10歳の時に野球をやっていれば、その人の野球に関する能力が培われるということである。僕にとっては、まさに釣りとマージャン?の能力が培われたのだ。 しかし、今思い出してもこのときの魚がイシダイで良かったよなぁ。これがゴンズイかなんかで、いきなり刺されてウンウンうなってたら、絶対釣りなんかもうヤダーってなってたもん。イシダイに感謝だよなぁ。 「へー、イシダイって師匠にとって、お導きの神って感じですね」 話を聞き終えた佐藤君が、感心しきりな顔でいった。 「神ってのは大袈裟だけどね。しかしまぁイシダイのお陰だよなぁ、こんなに釣りが好きになったのも」 暫く二人でイシダイをボーっと眺めていた。その時ふと思った。これで女房に威張れると。なんせここんとこクロダイ釣りじゃやられるし、良いとこなしなのである。これでギャフンといわせれるぜ。グフフフ・・・。そんなことを考えて、一人悦に入ってたら、ちょうど女房が来てクーラーボックスの魚を見て一言。 あらぁ、お父さんエンゼルフィッシュ釣ってきたの? だと。 ・・・なんと女房はイシダイを知らなかったのだ。 オイラの周りで北風が吹いていた。 (『Outdoor』 1998年12月号掲載) |
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