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『Outdoor』 連載バックナンバー | |||
◆ 第10回 秘伝!イセエビ釣りの巻 ◆
戦後の欠食児童みたいな顔をして、釣り弟子の佐藤君がやってきた。 「君ねー、いつもいつもうちでご飯食べて、少しは申し訳ないって気持ちはないのー」 うーん、いっぺん生きたまんま墓の下に埋めたろうか・・・コヤツは。 「おっ、師匠、伊勢エビじゃないっすかー。ラッキー」 アチャー、こんな日に限って味噌汁ん中に伊勢エビちゃんが・・・。 「これどうしたんすか師匠、また信者さんからの付け届けっすか?」 んなわけがあるのだ。しかし伊勢エビを釣ったなんてなかなか信じてもらえないのだ。 「君ねー、僕が君にウソついたことある?ないだろー」 相変わらず、超変わり身の早いヤツ。しかし、まぁぼくも嫌いじゃないし、一度コヤツに伊勢エビを釣るとこを見せつけちゃろうと思っていたので、連チャンになるけど、女房殿に頭を下げて、いざ出漁と相成ったのである。 必殺仕掛け人! 僕が伊勢エビを初めて釣ったのは、まさに偶然の産物であった。ある日、クロダイの夜釣りをしていたら、なんと伊勢エビが偶然釣れちゃったのだ。 「うっそー」 ビックリである。恐る恐る掴んでよく見ると、針が口の横に掛かっていた。おそらくエサのいわイソメを食べていて僕に合わせを食らい、そのまま釣られたものと推測された。 「へー、釣れるもんだねー」 ニタニタしながら、まじまじと伊勢エビを眺めた。このときからである、僕が伊勢エビに入れ込むようになったのは。もう、暇さえあれば伊勢エビ釣りの研究に没頭したもんね。とにかくえさ、仕掛け、竿、イトの太さ、どれをとっても未知数なのである。どこからとっかかろうかという、まさに、暗中模索からのスタートだった。それでも、竿、リール、イト、オモリについてはなんとかなりそうだった。まず竿は、重いオモリを使うので1.8メートルくらいの胴突き竿が良さそうだったし、リールはやや大きめのタイコ・リールで充分と踏んだ。イトは夜だから多少太くても大丈夫だ。ただし、オモリはテトラなどを転がって沈む場合を考えて、丸形でなければいけないことに気づいた。角形だと、重なったテトラに乗っかってしまい、伊勢エビのいる底まで届かないのだ。 さて、問題はエサだった。最初は偶然の一匹にあやかって、岩イソメだけでやっていたけど、これにはゴンズイなどの外道が食いついてばかり。柳の下に2匹目のエビちゃんはいなかったのだ。かといって他に何がいいのかさっぱり見当が付かなかったぼくは、思い切って水産試験場に電話してその食性を聞いてみた。すると、伊勢エビは雑食で主に小魚を食べるとのこと。 さぁ、それからはイワシやアジなんかでやっては見たんだけど、今度はなんとウツボの嵐。ゲゲゲである。しまいには「魚センター」なるところへ出掛けていき、生きた伊勢エビを買ってきて水槽に放し、夜な夜な研究に没頭したのである。その結果ようやくサンマが良いらしいと言う結論に至ったのだ。バンザーイ。(ただし、針掛かりが良いように一晩塩に漬けて身をしめて使うのがコツである)。 こうしてどうにかエサのめどが立ったのであるが、今度は仕掛けでまたまた停滞してしまった。まず、基本的に釣るか引っかけるかで悩んだ。伊勢エビは口が小さいのである。しかもモソモソ食べるから針みたいな異物があると、おそらく吐き出すんじゃないかと思った。現に偶然の一匹も口ではなく体に引っかかって釣れたのだ。してみるとエサで寄せて置いて、アタリにより一気にあおって引っかけて釣るという方法が自然と導き出されたのだ。そこでまたまた水槽の伊勢エビちゃんに活躍して貰い、何本の針で、どのくらいの間隔をあければいいかを研究した。また、仕掛けを底からどのくらい浮かせればいいかという命題にも取り組み、結果、3本針をある一定の間隔で結び、一番下の針が底から数センチ浮いた状態が、最も伊勢エビの掛かりが良いことを発見した。また、小さいエサなら一口で食べることもあったので、それならばと僕は一番下に食わせ用の小さいハリを付け、これにやはり塩漬けした岩イソメを付け、一応仕掛けは完成した。実にここまで丸2年を費やしたのである。長かったのだ。これは後でいやと言うほど思い知らされたことなんだけど、この釣りはホントこのタナと仕掛けの長さが重要なポイントであった。ここにズレが生じると、釣果に大きく大きく響いちゃうのだ。 さて、これを波止や岩場の上から実践するのが最後に残った課題で、実際の釣りでリールを何回巻けばいいかを知るために、僕は2階の窓から仕掛けを落とし、下の女房に協力して貰って細かくリールに印を付け、ようやくこれという回転を会得したのだ。 こうして長い長い苦労の末、3年目のある日、ついにあの夜以来の2匹目の伊勢エビを釣り上げたのである。嬉しかったなー。涙が出たもんなぁ。つまり、偶然釣れた1匹目から2匹目を釣るまでには壮大なドラマがあったのである。それはまるで、エジソンがフィラメントの素材探しで竹に行き着くまでの涙ぐましいストーリーにも似た、一遍の叙情詩なのである(なんのこっちゃ)。それほど苦労したこの釣りを、簡単にコヤツに教えちゃうのも癪に触るけど、一応弟子だしなぁ・・・。 「師匠、エサはこれっすよね」 コ、コヤツは・・・。 「き、君ねー、僕はこの仕掛けに至るまで3年もかかってだねー・・・」 聞いてねーでやんの。人がせっかく秘伝を授けてやろうというのに・・・。 「さぁ、準備完了っす。伊勢エビちゃん、いらっしゃーい」 ぬわにが、いらっしゃーいだ。精々ゴンズイでも釣ってろっつーの。 半ばコヤツを釣れてきたことを後悔しながら自分の仕掛けをセットしていると、早くもヤツの竿にアタリが来た。 「師匠ーっ、来てますー」 竿先のケミホタルを見ると、ブルブル震えてる。このブルブルが小さく小刻みに来るようだと大概ゴンズイである。大きくアオったり、たまにブルブルっと来るアタリが本命なのだ。ただし、同じようなアタリでウツボも来るので要注意である。佐藤君のアタリを見ていると、どうも本命クサイ。 「おい、次に一アオリ来たら、思いっきり合わせて見ろ」 暫くすると、ツンと竿先が揺れた。 「今だっ、合わせろっ」 思い切って合わせた佐藤君の竿が、一気に絞られた。 「来ましたーっ、ししょうーっ」 佐藤君も必死にリールを巻いている。 「おい、ウツボってこともあるから、気を付けろよ」 途中からすんなり上がってくるとこを見ると、どうやらニンマリできそうだ。水面から顔を出すと、案の定伊勢エビだった。一気に上まであげさせた。 「師匠ーっ、やりましたーっ」 目がそう思ってねーぞ、目が。 まっ、とにかく小型だったけど釣れて良かったのだ。いきなり釣り上げたコヤツも大したもんである。だけど悔しいから絶対褒めてやんないもんね。 「まぁ、しかしこれじゃ佐藤君、アメリカザリガニと大してかわんないんじゃない?」 ガヒヒ、くさってやんの。 「分かりました、次はもっとデカイのを釣りますよ」 発憤する佐藤君とともに、釣り合戦となった。また、その夜は良く釣れて、結果、僕が大型2匹を含む5匹、佐藤君も大型1匹を含む3匹という大漁であった。 「いやー、師匠。こりゃ楽しい釣りっすねー」 目がそう言ってねーよ。やっぱいっぺん墓に埋めたろ。 ワイワイ騒いで帰ってきて、朝、食べた伊勢エビの刺身のうまかったこと。石の上にも3年て言うけど、僕の場合岩場の上で3年間、痔になりながらも頑張った甲斐があったのだ。 あー、最高。 人の刺身にまで手を出す佐藤君をしかりながら、そう思う僕であった。 (『Outdoor』 1999年1月号掲載) |
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