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『Outdoor』 連載バックナンバー | |||
◆ 第15回 イワナの不思議の巻 ◆
先日友人に誘われてアユの友釣りをしていたときのこと。僕は本来アユはやらないんだけど強引に誘われてしまい、竿を出していたら突然もの凄い引きが来た。川を上下してやっとの思いであげてみたら、なんと尺ヤマメが掛かっているじゃない。驚いたなぁ。釣ろうと思ってもなかなか釣れない尺モンがこんな形で釣れちゃうんだもん。 他にもウナギの置きバリを仕掛けて、次の朝見に行ったら1本のハリに2匹掛かっていてビックリ。どうしてそうなったかはわからないけど、ちゃんとひとつの針にふたつの口が掛かっていたのだ。 そうそう、ヤマメが2匹釣れちゃったなんてこともあった。驚いてよく見ると、ハリに掛かった小さいヤマメの尻尾に大きいヤツが食いついていた。笑ったなぁ。あのでかいほうのヤマメの無念そう顔ったらなかったなぁ。 まぁ。これらは不思議と言うよりむしろおもしろい体験である。本当に不思議な体験というのは僕の場合、何故かイワナ釣りをいているときに限っているのだ。 闇の奧から光る目が あれは朝日連峰以東岳へと続く、とある支流を釣り上っていたときのことだ。 いくつかの滝を越え、川がだいぶ細くなり始めた頃、高さ15mくらいの滝に直面した。うわさに聞く魚止めの滝に違いないと思った。胸の高鳴りを押さえてそっと竿を出すといきなり絞り込まれた。慎重に寄せると35cmは裕にあるイワナだった。魚止めの主とまでは行かなくても、実にイイ型だ。その後8寸クラスを2本釣ってから竿たたんだ。もう充分だ。気持ちは充実していた。後はこの滝上を確認するだけである。 一息ついて滝の周囲を見回した。滝の左右はかなり急な岩場で、簡単に高巻けそうもなかった。かなり手前まで戻ればなんとかなりそうだったけど、面倒臭いので滝を直登することにした。ちょっとヤバそうだけど、いざとなれば淵に飛び込めばよいのだ。濡れるけど怪我はしなくてすむ。竿をたたんでザックに仕舞い、しっかりと口を結んだ。滝の両脇をじっくりと観察する。正面左のほうがやや登り易そうに見えたので、ルート・ファインディングしてイメージを頭の中に描いた。 「よしっ、行くか」 気合いを入れて岩場にとりついた。ところが登り始めたらこれがけっこう苦戦を強いられてしまい、途中のオーバーハングで立ち往生してしまった。なんせ岩が濡れているので滑ってなかなか先へ進めないのだ。 仕方ない、ボルトを打つか・・・。最後の手段のボルトを取り出し、打てそうな場所を探してふと滝の裏に目がいったときだ。一瞬何かと目が合った。ドキッとしたけど、落ち着いてよく見るとなんとイワナだった。ほんの小さな岩棚に胸ビレをまるで手のように広げて体を支えていた。 最初はなんでこんなところにいるのかまるで訳がわからなかったが、周りの状況からして、どうやら下から遡ってきたらしかった。滝の上からだとしたらこんなところには引っかからず、直に下へ落ちるはずだ。しばらく自分の置かれている状況も忘れて見入ってしまった。時間にして4、5分だったろうか。イワナに動く気配がないし、僕も足がつってきたので、見物をあきらめて登攀を再開した。ボルトのお陰でなんとかオーバーハングを越え、そのまま滝上に辿り着いた。ホッとしてザックをおろし、そのついでにイワナを探してみたけどもうヤツを確認するのは困難だった。 その後、かなり上の細流まで探ってみたけどやはり反応なし。まさしくさっきの滝が魚止め。ヤツは間違いなく下からあそこまで遡ったのだ。イワナが上へ上へと遡る習性があるとは聞いていたけど、まさかあそこまでの執念があるとは思いも寄らなかった。さすが“岩魚”だなぁと思った。 もう一つ、イワナの予知能力みたいなモノについての体験談を。 もう何年も前になるので、場所は良く覚えてないけど、確か千曲川の支流だったと思う。朝からミミズをエサに探ってみたけど昼までやってもさっぱり。半分あきらめ気分でただ上流を目指していた。そろそろ竿をしまおうかと思い始めた頃、左から流れ込む一本の沢に目がいった。普段なら通り過ぎるくらいの小さな沢なのに、何故かその時はちょっと気になって、少し奧まで入ってみた。 登り始めるととても釣りにはならないボサ沢だったけど、上に行くに連れて流れにイワナがチョロチョロと姿を現すようになった。何か発見でもして様な気分になり、少し嬉しくなってさらに奥へと進んだ僕は、そこにあった大きなたまりを見てビックリ。 ナ、ナ、ナントそこには何十、いや何百というイワナが背びれを出して群れていたのだ。10cmくらいのやつから尺を越える大物までいて、もうそれこそイモを洗うどこじゃない、湘南の海も謝っちゃう位の凄さだった。つかまえようと思えば簡単だったけど、とてもそんな気にはなれず、ただボー然と眺めていた。イワナ達は僕のことなんかまるで意に介せず、ただそこで何かに耐えるようにじっとしていた。 1時間くらい見ていたろうか。ようやく我に返った僕は、腰を上げて川を下ることにした。何か釣る気が失せてしまったのだ。不思議なこともあるもんだ。車に戻り、キャンプの支度をしながらもさっきのことが頭から離れなかった。タープを広げていると、ポツリポツリ雨が降り出した。空を見ると西のほうから黒い雲が迫っているではないか。 「ヤバイッ」 すぐにテントをしまい、急いで車に乗り込むと、段々と雨が激しくなってきた。間一髪セーフ。ホッと胸をなで下ろし、エンジンを掛け、とりあえずメシを食うため町へと向かった。途中にあったラーメン屋に立ち寄り、テレビを見ていたらニュースで台風情報を流していた。 「そうか、台風が来てたのか」 全く知らなかった。なんせ山に籠もって浮き世離れしていた頃だ。テレビやラジオといったものとは無縁の生活をしており、世の中のことに極端に疎かった。ニュースを聞いていて、これが結構大きい台風で、明日の朝にはここらも暴風圏内に入ることを知った。しかしだからといって、僕は別に慌てなかった。身軽な身なのでこんな時は台風の通路をさけてどっかに逃げればいいのだ。ここらが一人で勝手気ままに旅をしている利点だ。車から地図を持ってきて、行き先を決めていて、思わず”ハッ”とした。 もしかしたらあのイワナ達は台風が来ることを知っていて、あの沢に避難したのでは・・・。 背中がゾクゾクっとした。そういえば数年前に、八久和支流、出谷川の東俣沢で釣りをしていたときも同じ様なことがあったけど、あれも今思えば台風を避けていたのかも・・・。 地図で行き先を決めた僕は一目散にその場を離れた。道路が通行止めにでもなったら厄介だからだ。 <@> その後、4、5日して台風が去ったあと、その付近を車で通ったけど、まぁ千曲川の氾濫ぶりはすごかった。コーヒー色の水がうなりをあげて岩肌を削っていた。僕はあの沢のイワナ達を思い出して、思わず目尻が下がった。 やつらは大丈夫だ。 僕は荒れ狂う川を見つめながら、どこか安心感を覚えてその場を離れ、家路へと向かった。 昔からイワナに関しては不思議な話が多く語られてきたけど、実際に僕が体験してみて感じたのは、そこが深山幽谷であるということが、遭遇した事象をいっそう謎めかしくしている要因に思える。イワナのちょっとした奇妙な行動が、深山の持つ神秘的な空気とあいまって、伝説を作り上げている気がするのだ。これが町なかの川で繰り広げられていれば、さしてインパクトはないだろう。つまり、イワナを取り巻く環境とイワナが持つ特殊な行動性がぴったりとマッチしたときに、初めて神話めいた話が生まれるのだ。 ところがここ十数年で急激にその環境が激変してしまった。とんでもない山奥の、訳の分からない砂防ダム、護岸、河床工事などで、見るも無惨に川が破壊されてしまい、数多くの秘境が姿を消してしまった。僕の地元の川も例外ではない。日本第二の高峰、北岳に源を頂く野呂川は最奧の両俣小屋まで砂防ダムが進出し、すっかりイワナがいなくなってしまった。ここは朱点のきれいなヤマトイワナの棲む、貴重な場所だったのに・・・。 皮肉なことに、最奧の砂防ダムが出来た翌年台風で川が荒れ、川筋一体に未曾有の被害をもたらし、砂防ダムの是非が問われたのだ。もう、なにをかいわんやである。 これからは僕が体験したようなことが、段々昔話になっていくだろう。イワナ達にしてみればいい迷惑である。1億年以上も連綿と続いてきた貴重な種が、ここ何十年かで次々と絶滅しているのだ。 各地に設けられている常設釣り場で釣れるイワナは「オレはニジマスじゃねーんだ」と叫んでる気がする。原始の森の中でこそ、イワナは神秘的な存在であり続けることが出来るのだ。 とにかく今は、数少なくなった貴重な釣り場で、これ又貴重なイワナと遊んでいる。いや、遊んでもらっているのだ。 またいつか不思議な体験をすることを期待しながら。 (『Outdoor』 1999年6月号掲載) |
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