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『Outdoor』 連載バックナンバー | |||
◆ 第20回 さらば愛しの名人の巻 ◆
その人も僕と同じサヨリ釣りに来ていたんだけど、仕掛けがよく分からず僕に聞いてきたのがきっかけで親しく話をするようになったのだ。そしたらなんとそのおじいちゃん、先月まで現役の競輪選手だったというじゃない。おどろいたなぁ。だってどう見ても60前後って感じだもん。でも、確かにズボンの上からだったけど、太ももなんか太かったし、がっちりした良い体してた。 さぁ、それからは釣りの話やら、競輪の話やらで盛り上がっちゃった。いやぁ、貴重な話がたくさん聞けて実に楽しかったなぁ。 引退後は大好きは釣りを思いっきりやるんだと前から決めていたそうで、実に楽しそうに釣りをしていた。 いいじゃないっすかー。人生楽しんでるよなぁ。 その時、僕はある一人の老人を思いだしていた。その人もこの方同様、釣りをこよなく愛していた人である。 とっても変わった人だったけど、僕にとっては、というか僕の釣り人生においてすごく衝撃的な人物なのである。では、どういう風に衝撃的だったか、ここでチラッとご紹介しよう。 秘技 闇討ち! 今から10年ほど前のことである。当時僕は大ヤマメに憧れて、せっせと釜無川通いをしていた。自分で捕まえたドバミミズをエサに一発大物をねらうのである。 しかし、30cm台の尺モノは結構出るんだけど、どうしても40cmオーバーの大物に巡り会えないでいた。とはいえ、モノがいないわけではなく、潜ってみると結構いるのである。デカイヤツが。それも一つの大淵に2、3匹いることもあって、どうにかしてこいつらを釣ってやろうと苦心惨憺していたのだ。 そんなときである。それまで釣り場でちょくちょく「あの人はデカイのをあげてるらしい」と、噂に上る老人がいた。ある日、その噂の老人とたまたま話を機会があった僕は、思い切ってどうすればでっかいヤマメが釣れるかおじいちゃんに聞いてみた。 するとこのおじいちゃん一言、「潜って突け」だってやんの。ビックリである。 「そ、そうじゃなくてですねー、僕は釣りたいんすよー、だいいちヤバイっしょ、んなことしたら」 もうダメ、こらあかん。相手を間違えて話をしちゃったみたい。テキトーにお茶を濁して腰を上げちゃおうとしたんだけど、”潜って突く”、”網を打つ”などの言葉にちょっぴり親近感を覚えた僕は、質問を続けた。 「モリや、投網でデカイの獲ったことあるっすか?」 おじいちゃんの目が急に輝いてきた。 それからは、すっかり打ち解けて、お互いの自慢話で盛り上がっちゃった。 「しかし、最近の奴らはモリどころか網さえもしらねーもんな。オメーはてーしたもんだな」 人生の大先輩に褒められて恐悦至極である。 「へへ、でも、やっぱ釣ってみたいっすね、50cmオーバーのヤツを」 オイオイである。クロダイかコイなら夜釣りってのも分かるけど、ヤマメの夜釣りなんて聞いたことがないのだ。 「あのー、ほんとに夜やってヤマメが釣れるんすか?」 うーん、どうも怪しいのだ。だけど、好奇心旺盛な僕は、そのとっても怪しいヤマメの夜釣りとやらに、おじいちゃんにお願いして2日後に連れていって貰うことにしたのだ。 さて、当日、二人で夕暮れの河原を歩いて現場に着くと、早速おじいちゃんに”エサの用意をしろ”と言いつけられた。”ミミズならありますよ”と言うと、”バカッ、これでやるのよ”と渡された箱を開けてみてビックリ。なんと、中にはでかい繭玉がごっそりと入っていたのだ。 「な、なんすか、これ?」 これがおじいちゃんの、マル秘のエサだったのだ。おじいちゃん曰く、これを他人に教えるのは初めてとのこと。僕は言われるままに繭からサナギを出したらナント2匹入っていた。何でも、おじいちゃん家で養蚕をしており、ごくたまに2匹入っているのがいるとのこと。でもってそう言うのは規格外で使えないらしいのだ。かといって捨てるのも勿体ないのでエサにしてみたら以外に良く釣れたというのだ。何でも試してみるモノである。 「ウオー、生きてるサナギなんて初めて見ましたよー」 おっかなびっくり一つずつ繭からだしてたら、いつのまにか辺りがだいぶ暗くなってきた。 「ぼちぼちやるか」 おじいちゃんが呟いた。待ってました。しかし、何も要領が分からない僕は、まずはおじいちゃんが釣るのを観察した。エサをつけてからおもむろにタバコに火をつけたおじいちゃんは、そーっとポイントに近付き、大胆にもランタンでポイントを照らしてから振り込んだ。目印を沢山付けているので、視認性はよい。 とにかく僕は食い入るように仕掛けを見つめた。おじいちゃんはゆっくりと誘うように仕掛けを流した。2回程流してアタリがなく、3回目にそれまでと違い、右側の深みに仕掛けを入れたときだ。スーッと、仕掛けが上流に走った。春先の”ふけ”に似たアタリだった。瞬間おじいちゃんが大きくアワセた。竿が満月に曲がった。 「来たーっ」 僕はフライフィッシング用のネットを手に持ち、固唾をのんで見守った。おじいちゃんは腰を落として竿を立て、激しい引きにじっと耐えていた。程なく魚が岸の方によってきた。僕はおでこのヘッドランプを頼りに魚に近づき、なんとかネットに掬うことが出来た。 デカイ!! 僕は夢中でそれを岸に持ってきた。とにかく掬った魚はデカかった。はやる気持ちを抑え、ようく魚を見ると、まさしくヤマメだった。 「やったすねー、スゲーや」 おじいちゃんは無言で、目元に笑みを浮かべていた。ざっと手で計ったら、35cm近くあった。ヤマメは、ばっくしサナギを食っていた。”ホントに釣れるんだー” 僕は暫く感動に浸っていた。 「さぁ、オメーもやって見ろ」 おじいちゃんにケツをたたかれた僕は、猛然とやる気になっていた。先程のおじいちゃんをまねて、みよう見まねでやってみた。まず、ヘッド・ランプで振り込む場所を照らしておいて、そこをめがけて振り込んだ。目標より少しそれたけど、まぁまぁいいとこへ投入できた。ゆっくりと仕掛けを流す。後は普段と同じ要領でやればいいのだ。さぁ、来い。僕のサナギにも食いついて来い。しかし、何回やってもアタリがなかった。その間にもおじいちゃんは次の淵で別のを掛けてた。アセったなー。僕にもアタリらしいのは来るんだけど、どうも食い込ませるまで行かないのだ。結局、その後2時間粘ったものの、おじいちゃんが尺モノ1匹、九寸クラス2匹、僕はボウズだった。ちょっぴり悔しかったけど、それ以上にこんな釣りを目の当たりにした感激の方が勝っていた。 「しかし、良く、夜、釣るなんて思い付きましたね」 うーん、うまそうにタバコを吸うおじいちゃんの顔が実に格好良かった。 僕は心の中で、こういう人が本当の名人なんだなぁって思った。東北の山奥で出会った職漁師のおじいちゃんもそうだったけど、真の名人とは実に地味な存在なのである。 この釣りを境に、僕とおじいちゃんのつきあいが始まった。とにかく二人とも大の釣り好き、漁好きなのである。良く二人であっちこっち出掛けたモンである。夜釣りで遅くなっておじいちゃんの家に泊まり込み、朝、家人に泥棒と間違えられたり、夜遅くまで二人で釣りの話を電話でしていて”うちの息子にもようやく春が来たわい”と僕の親に勘違いされたなんてこともあったなぁ。次の日、電話の相手が美女ならぬ、ジジィと知ったときのお袋の顔ったらなかったなぁ。 とにかく釣れないと”網を打て”、”潜って突け”が口癖で、一度なんか魚が釣れなかった腹いせに”バッテリーやっか”なんて本気で言ってたもんなぁ。スゲー名人だよなぁ。 でも僕がようやく40cmオーバーのヤマメを釣り上げたときは、顔をくしゃくしゃにして喜んでくれたっけ。 そんな名人のおじいちゃんも、去年の秋に亡くなった。88才だったんだけど、亡くなる3日前にも釣りに行ってたっつんだからスゲーよなぁ。スーパージジィだよ、じいちゃんは。 そんなわけで、今年はおじいちゃんの追悼夜釣りを計画してるのだ。ひょっとすると、僕が唯一の継承者だモンね。まっ、その前にお墓参りしてたっぷりとお願いしとかなきゃ。 オーイ、じいちゃん、お経たっぷり読んじゃうから、50cmオーバーのヤマメを釣らしてくれよー。 (『Outdoor』 1999年9月号掲載) |
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